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父の診療履歴を振り返って。総合的な治療・対策は最終的に医者に頼らず自己判断。

父の診療履歴というか、医療にかかった履歴というのは相当なボリュームになるのではないかと思います。結構な難病も経験し、一時は難病指定を受けていたので医療費も優遇されていました。今日は、ほとんどすべての診療科を網羅する父の受診歴について少しですがお話しします。
父と母


記憶にあるはじめての病気は胃潰瘍。僕が子供のころから散剤を毎日飲んでいたことが思いだされます。胃腸は元々弱かったような。それと同時期に、蓄膿症の手術も受けています。あの手術を受けられるというだけでも相当な度胸があるとおもうのですが、二週間ほどのインターバルで両方の手術を終えているのです。僕が子供のころの記憶に残るものはこのふたつです。水虫も手ごわかったな、そういえば。
  
そして、僕自身が就職して間もないころ、なんだか今度の検査は度重なるなと思っていたら大腸がんを宣告されました。粘膜を超えて筋層まで浸潤があり進行がんだと言われました。父55歳ころです。今では大腸がんは腹腔鏡の手術となる場合もあるくらいですが、そのころはともかく開いてバッサリ切るという手術です。みぞおちの下から下腹部までおへそを避けて開腹です。こんなにも大きく開くので術後の負荷も相当なものだったと思います。長く長く入院しました。切り取った大腸は長さが30cmは優に超えていました。リンパ節や腸間膜も含めて切除し、その後、大腸内視鏡で何度かポリープ切除はありましたが、大腸がんの再発はありません。

ところが、この手術後に抗がん剤の投与を強めに受けたことが原因と思われる、血小板の減少が発生してしまいました。けがをすれば血が止まらず、対応を誤ると命に係わる状態となってしまったのです。病名は血小板減少性紫斑症で、これは難病指定されています。手帳をもらい、いろいろな優遇措置も受けることができましたが、88歳を超えてもいまだに血小板の数は多いとは言えません。ただ、回復してきているのも事実で、現在では難病の指定を受けることはなくなりました。先日は「ガソリン代の支給も切られちゃった」と言ってました。
しかし、死線をなんとかかいくぐった父は、その後は人生を十分に堪能し、釣り、ダンス、囲碁、麻雀、ゴルフはやがてやらなくなりましたが、リタイア後の人生も多忙で去年まできています。今僕は同年齢を後を追って通過中ですが、当時のことを思い浮かべて、よくあそこまで遊びまわれたなと感心しています。
このあとは、大きな病気がありません。それは、一回大きな病気にかかると、そのあとは手厚い検査体制を続けていくことになり、大きな病気の兆候が早期にキャッチ出来て対応も早いというのが実のところではないかと思います。

大腸がん以降、時々症状として表れていたのは「悪心と激しい嘔吐」です。これは慣れるまでは、僕もびっくりしました。こんなに激しく人は嘔吐するのかと感じられるくらい激しい嘔吐になります。手術をしてくれた医師のところにかけつけると点滴(脱水を防ぐための給水点滴です)を打ってくれて、しばらくすると収まってきます。実は、何もしなくてもしばらくすると収まります。この季節の変わり目によく起こる悪心と嘔吐の原因は分かっていません。胃酸過多かもしれない等とは言われましたが、胃酸過多を誘発するものは精神的な状況ではないかと最近思っています。酷かもしれませんが、点滴で鎮静化寝てしまうと治ると分かってきたので、先日「この症状では救外来に行くことや救急車を呼ぶという対応はしないことにする」と宣言しました。

その後、見られた症状を列記すると、激しいめまい(耳鼻咽喉科:メニエール外来を受診中)、睡眠時無呼吸症候群(別の病院の耳鼻咽喉科、メニエールとなぜ異なるかというと、循環器科の医師が同じ拠点病院内で紹介されたのです:C-HAP治療中止、経過は別の記事)、心臓の血管閉塞(循環器科:ステントで拡張までやりました)、そして現在の状況につながる腓骨神経麻痺と大腿四頭筋の麻痺(整形外科)があります。大腿四頭筋は長くリハビリを行っていますが一向に動こうとしていないので筋肉が退化してしまっているようです。この脚の症状とともに、急激な体重減少(食欲不振)、息苦しさとパニック障害(精神神経科)がありましたが、今ではそれは大分改善されてきています。また、運転免許申請のすったもんだで明らかになった白内障(眼科)は手術を行いました。二年ほど前にアトピーのような湿疹(皮膚科)が二年ほど続いていましたが、それはネットでよく見られるように自然に収まりました。また、かかりつけの医者(内科)が睡眠導入剤を処方してくれています(最近使うことが減りました)。

このように、現れる症状に逐次対応して徹底的に通院しているのですが、すっきりと治ったと言える治療は、心臓のステント、眼科の水晶体交換のふたつだけ。あとは、原因もわからなければ治療法もはっきりしないものとなっています(そのうち自然に治ったものが多いです)。おそらく、現在の医療では総合的な判断をして原因を見つけ、治療計画を立てるというのは医療側の仕組みとして無理なのではないかと感じています。すでに症状として得られる情報は医師の能力を超えてしまっていて、いろいろな診療科を横断した情報の評価はAI等に頼るしかないのかなと思います。

さて、そのような状況下で、どう治療や対処を行っていくか?実際にはそこがポイントです。
以前の記事でも触れているのですが、父の場合は、「まずは睡眠を整えよう」からはじめました。そして、整形外科でのリハビリテーションを中軸に一週間の過ごし方を決めて、体を出来るだけ動かすことを心掛けてもらいました。残念ながら脚の不具合は全く治っていません。ただし、リハビリや本人の運動意欲に支えられて、代わりの筋肉や体使いが訓練されることによって、日常の機能はかなり回復してきたと言えます。不思議なことに、できるだけ「足の障害」が起こる前の行動に戻そうとすると(ダンスは諦めました)、体重減少、息苦しさ、パニック障害は段々なりを潜めて問題とはならなくなりました。食欲も出てきました。体重減少や息苦しさなどの大きな病気の可能性は医療によってその原因をチェックする必要があります。体重減少は癌、息苦しさは心不全の心配があります。これらの検査は父も行いました。でも、原因がわからない。そうなったときは、ここからは自己判断ですすめたのですが、逆に病気がなかったら出来ることを実行するという活動・行動を起こしてみるのが結果として病状をも変えうるという事です。「できないからやらない」ではなくて「やってみたらできるようになった」という方法が効奏するようなのです。合理的な説明は残念ながらありません。しかし、「やってみる」ことの大切さを長い目で見て実感しているのです。

さて、母です。「痛いから動かさない」から「無理はしないけれど動く」という方針に変えてやっていこうと、治療の考え方を変えて、まずは接骨院に通い先生の指導の下に痛みをとるために動かしていくという治療に向かおうと思っています。総合的な治療・対策は最終的に医者に頼らず自己判断(医者は判断しませんし何が原因だろうねえ~と首をかしげるばかり)。
2018.8.15記す。
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