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母はいつから歩かなくなったのだろうか(2)

母はいつから歩かなくなったのだろうか?という疑問には、ずっと一緒にいた父もうまく答えることができません。

膝を強くねじって半月板が損傷した後から歩行距離自体は少なめでした。はじめのうちはかなりごつい外見の膝の保持サポーターをつけてはいましたが、やはり重くて面倒なのか膝が前後にずれるのに気を付けながらサポーターなしで暮らすようになって長かったと思います。

その後呼吸の異常を訴えて検査、肺がんの疑いからリンパ節腫脹が体のあちこちでみつかって悪性リンパ腫の診断にたどり着くまで膝のことなど忘れていました。そして、前回の記事にも書いた通り抗がん剤治療です。だるさと頭の髪の毛がほぼ抜けてしまったたため外出しなくなって、車で買い物に行く以外は外に出たがらない生活が定着したのです。

でも、寛解して、驚くべきことに以前より増えた頭髪がふさふさと頭に生えた後も、あまり外に出ない生活習慣を改めようとしなかった。膝は曲げることができず、ふろに入るのも実は不自由しています。股関節も変形しているように思います。父と同じで膝を曲げてしゃがむことができません。一緒に暮らし始めてようやくその実態に気が付きました。繰り返し、外科に通わなければならないのは母も同じだから、父が受診するときに合わせて通院するように繰り返し話しました。ところが、いろいろな理由をつけて、通うのは膝に注射を打ってくれるだけの近所の外科と血圧を下げコレステロールを押さえるくするをくれる内科医のところだけです。

なぜ?
最近、母はせき込むことが多く、定期的に血液検査をしているリンパ腫の医者にそのことを相談してくるように付き添いの弟に頼みました。ところが、帰ってきてなんと言われたか尋ねると、これが訊いたかどうかがなんともあやふやだったという事がありました。そのとき、僕は母が極度に悪性リンパ腫の再発を恐れていることに気が付いたのです。
おそらくは、大きな病院に行って検査をうけたら、また節々のリンパ腫が見つかるのではないかという不安、その結果、もう二度としたくない抗がん剤治療があるのではないか・・・という不安、本人がそれを意識しているかどうかは別ですが、それがしっかりと診断してくれる医者を遠ざけているのではないか。そう思ったのです。足が痛く膝が曲がらなくても、医者にはかかりたくない、そこに母の本音があるように思いました。



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