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母はいつから歩いて外出を止めてしまったのか(1)。

延命装置をつけるか否かを話し合ってほしい
これが、医者の説明の前に父に言い渡された言葉です。
入院も必要な病気になってしまったらしいという認識だった家族には事の重大さを知らせるのには十分かつ衝撃的な言葉でした。
ここのところ、受診しろと言ってもしてくれない母の話をしようと思います。

父が、数々の病気をくぐりぬけて現在は脚の不具合やパニック障害をかかえてはいるものの、直ちに命にかかわる状況ではないのに比べて、母の状況は今も命を奪われてしまうかもしれない病気の再発を恐れる状態にあります。

病名は「血管免疫芽球性T細胞リンパ腫」いわゆる悪性リンパ腫、血液の癌でした。

2014年には、肺、十二指腸、鼠径部のリンパ節に腫瘍ができていました。この悪性リンパ腫ですが、とても多くの種類があり治療法も異なるうえに治癒するか寛解するかの違いなど、素人にはなかなか分かりにくいです。母の場合は非ホジキン型で治療は化学療法のみの治療でした(この治療法の名前がCHOP療法といい、癌にチョップを喰らわせるような印象がありますが、実際には自分自身の体にもチョップをお見舞いされるわけで、堪らないネーミングのように当時は感じました。実際は薬の名前の頭文字をとった命名です)。
2014年9月に二週間ほどの入院で化学療法をはじめ、その後は月に一回の通院化学療法を半年続け、2015年2月にCT検査を行い胸部、腹部リンパ節に腫れがなくなったことを確認し寛解に至ったと判断しています。寛解というのは治癒とは違って治りきったとは言えないけれど癌の活動は抑えられた状態にあるというような意味のようで、再度癌が活発化する可能性を含んでいるようです。

この寛解の話を医師から聞いたときに、はっきりと「だるいだろうけれど、どんどん動きなさい」とアドバイスを受けています。しかし、母は自宅から通院で化学療法を受けている期間に引き続いて外出をほとんどせずとても少ない運動量の生活を続けてしまいました。太ってしまい、体重が増えて膝や腰に負担をかけているのか、腰痛、膝痛、筋肉痛、動悸、息切れなどの運動不足からくる症状がことごとく出ています。

化学療法中は、とても倦怠感が強く動くのがおっくうなのだそうで、それは仕方のない事です。でも、寛解に至りチョップを喰らわせるような薬は飲んでいないのですから、本当なら積極的に運動することが必要だったのかもしれません。私も、寛解と言われて力が抜けてしまって、「人工呼吸器を外すかどうかという判断」の話も今では過去の話です。その後2017年に父の脚の問題が生じて、それまで母を外出させる手段であった車の使用が自由でなくなり(運転はできても車のところまで歩いていくのが大変)、両親の活動量が低下してしまったことが、母の現在の症状の原因だと思います。思い返してみると「買い物は必ずクルマで行く」という習慣はいつできてしまったのかと思います。その習慣を止めるきっかけを逃してしまったことが今考えるととても大切な分岐点であったと思います。頭髪が再生した頃を見計らって歩行外出の訓練を始めるべきだった。ここに尽きます。




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